絵に文章をつけて下さるサイト様でこの絵にストーリーをつけて下さいました
下記へスクロールしていくと読めます

 

 

 

 

 

■悪夢■

 全く訳が解らないまま、僕はこの檻に放り込まれてしまった。

 いつもと変わらない朝。会社に行く為に背広の上着に袖を通し、テーブルにあった冷めた残りのコーヒーを飲み干そうと、カップに手を伸ばした時に大勢の男達が部屋に押し入ってきた。
 「市民NO-YR5803754。抵抗すると射殺する」
 「なんだ!?誰だ、お前ら!!」
 「NOで呼ばれる者に、説明をする必要はない。死にたくなければ大人しくついて来い」
 冗談じゃない。訳も解らず、大勢に取り囲まれて後ろ手に縄をかけられるような事をした覚えなんかない。
 ありったけの力で抵抗し逃げ出そうともがいた。だが、多勢に無勢ではかなうはずもない。しかも。
 ドンッ!!
 倒れ込んでいたフローリングの顔のすぐ脇に穴が空いた。空気を切り裂いて発射された弾丸で、頬が切れて血が流れ出す。
 僕は呆然と、目の前に立つ男達を見上げた。黒い背広に身を包んだ男達。男の一人は銃を構えたまま、なんの表情もない。銃口からは薄く煙が立ち上っている。
 なんだ!?いったい、何が起きているんだ!?

 僕はまるで、屠殺場に連れていかれるブタかウシのように扱われた。
 いや、ブタやウシの方がまだマシかもしれない。食肉業者は自分の扱う命にはきちんと愛情をそそいでいる。
 銃を見て、奴等の本気をまざまざと感じ取った僕は一切の抵抗をやめていた。だが男達は僕の抵抗に腹を立てていたのだろう。押さえ込まれて好き放題に殴られた。
 僕はもう、内臓のつまったズタ袋になっていた。サンドバッグなんて上等なシロモノじゃない。
 そういえば、映画で見た覚えがある。ボクシングのチャンピオンを目指す男が、食肉工場の冷蔵庫で、ぶら下がる大きな肉の固まりをサンドバッグがわりに殴っていたシーン。肉は薄い布で覆われていたが、殴られ続ける内にうっすらと血が滲んでくる。それを見て気分が悪くなり、トイレに駆け込んで吐いた。僕は真っ青な顔色で戻り、一緒に部屋でビデオを見ていた友人を呆れさせた覚えがある。
 僕は暴力…力にものを言わせ、他者を屈服させるその圧倒的な圧力が恐ろしくてならない。子供時代は平凡にすごした。両親に虐待されたとか、いじめにあって酷い目にあわされりという事は全くなく、ただ、ぼんやりと日々を過ごしてきた。だからだろう、相手の見せる威圧感に全くといって良い程耐性がないのだ。
 恐い。
 もう、なんの力もなくなった僕は奴等のなすがままに、厳重に目隠しをされ更に頭を布で覆われ、車に乗せられた。
 どれ程走っただろうか。どこかの建物に入ったようだった。
 「降りろ」
 目隠しはそのままだったので、足元も覚束ないまま引きずり出され、よろよろと歩いた。身体の痛みとか、視覚を奪われている所為だけではない。僕は心底怯えていた。何も解らない。自分が何をしたのか、相手は何者なのか、自分はこれからどうなるのか。
 矜持なんてものにはもともと縁遠かった僕は、背中を押されるまま素直に従った。
 入った先は何か大きな建物のようだった。靴音が反響する。
 部屋に入り、そこで衣服を全て剥ぎ取られた。目隠しは取られず、背中を押されて先へ行く。裸足の足元にはタイルの冷たい無機質な感触があった。
 「…………っ!!」
 水圧が僕をよろめかせた。いきなり、叩く勢いで身体中に水を浴びせられ、その冷たさと恐怖で僕はたまらず正体の解らない男達に謝罪していた。
 「すいません……っ!!僕が何かしたのなら謝ります…ちゃんと償います……!!お願いですからやめ……っっ!!」
 男達の笑い声と共に、顔を狙って水が浴びせられ続ける。
 頭から被せられた布が濡れて顔に張り付き、息が出来ない。水を避け、酸素を求めてもがくうちに足を滑らせて尻餅をついてしまった。
 野次と口笛が聞こえた。僕の両脚はタイルを滑り、股関節が軋む程広げられていた。どうやら、男達に向かって脚を広げていたようだ。サオがどうのとか、タマの大きさがどうのとか、品定めの感想がぼんやりと聞こえる。
 僕は膝を抱え込んで丸くなり、ただ、謝罪を続けていた。水の連射は止んでいる。身体は寒さと恐怖でガタガタと震え出していた。
 「…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…許して、許して……っっ」
 男達の笑い声が聞こえる。笑い声に混ざって蔑み吐き捨てられた言葉が僕を抉った。
 「…このブタが…っ!」
 僕はブタだ、僕はウシだ、僕はただの肉の固まりだ、いや、ボクハソレ以下ダ………。

 それからは…。
 僕の考えていた恐怖とは違う展開になっていた。僕はこのまま殺されてしまうのだと思っていた。
 それは僕がそれまで抱いていた恐怖から生まれる妄想の所為で、本当に食肉工場に吊るされる肉になってしまうのだと思っていた。男達のうちの誰かが吐き捨てた「ブタ」という言葉が、いよいよ僕の恐怖に拍車をかけたからだ。
 いや、「ただの肉」という立場は変わっていないかもしれない。僕には奴等の意図が全く解らなかったが、ここに捕われ、飼われている事だけは解った。
 叩き付けられる水流で洗われた後、衣服を与えられ、ここに放置された。
 ここは何処なのかは解らない。車で来たのだから国内である事くらいはいくら僕にでも解るが、こんな所が国内にあった事に驚きを隠せない。
 辺りには人家はない。ここに放されて三日間、僕は歩きづめに歩いた。ひょっとしたら同じ所をグルグルと回っていただけなのかもしれないが、それにしても鋪装された道に出る事はおろか、人が住んでいる痕跡さえ見つける事が出来なかった。
 ただ、歩くうちに気が付いた事がある。
 ここは鬱蒼とした山奥の様相を呈しているが、所々、人工的に切り開かれた場所があるのだった。芝が敷かれ、きちんと手入れされている。不思議な事に、切り開かれたその場所を囲む木々の根元を探すと、袋に入れられた食料が用意されているのだった。これは、僕をここに連れて来た奴等が、僕をここで餓死させるつもりはないという事だろう。そして、僕は奴等によって生かされているという意味でもあった。それは、家畜となんら変わりない事のように思う。
 僕は歩き回る事をやめた。この食料が用意される場所にいれば、いずれ奴等は姿を現すだろうと思ったのだ。
 その考えは間違っていなかった。
 奴等は姿を現した。………狩人として。

 木の影から現れた男達は悠然と近付いてきた。
 芝生に座り込んでいた僕は、にやにやと笑いを顔に張り付かせて回りを取り囲んだ男達を見て、背筋を滑る氷の様な寒気を感じた。…逃げなければ…!
 男達はわざと僕が進む方向の輪を崩し、僕を逃がした。その余裕を見てますます恐怖がつのる。
 走った。残る全ての力を使って走ったが、かなわなかった。
 僕はあっさりと男達に捕まった。顔を押さえられ、芝生に叩き付けられる。そのまま仰向けに四肢を拘束されて、衣服を破られる。これは奴等が僕に与えた物だ。与えて奪う。力で君臨する者の気紛れ。
 「や…やめろ…っっ!!」
 衣服を剥ぎ取られて意図を察して叫んだが、嫌な笑いを更に顔面にはいて、男達は作業を続けた。
 下肢を広げられ、無防備になったソコに無骨な指がねじ込まれる。
 「い…痛いっっ!!」
 僕の叫びは奴等の興奮の材料にしかならないようだった。指は乾いたままの粘膜を内側に引き込んで、奥へ奥へと突き入れられ、僕の痛みなどまるで無視して本数が増やされていく。
 三本が突き入れられて、こね回され、痛みに呻いた所で指は乱暴に引き抜かれた。
 その指が鼻先に突き付けられる。僕は匂いを感じて顔を背けたが、次の男のセリフでその事実にまで顔を背けたくなった。
 「…お前の匂いだろう?直に嗅ぐ事が出来て嬉しいよ。…こんな状態でも、ちゃんと大きいのをひり出してたからな。エサはうまかっただろう?」
 ……!?
 「ここは箱庭という。さる団体が管理している施設だ。カメラがある。不思議に思っただろうがな」
 男が親指を立てた方向を見ると、木の影に光る物がある。今は太陽の光線の加減で確認する事が出来たが、それは巧妙に隠され、注意して見なけれとてもそれをカメラだと判別する事は出来ない。
 「よかったな、お前。エサ置き場に気付かずに、あのままウロウロ歩き回って、もう50Mも先に行ったらトラップに引っ掛かってミンチになってた」
 箱庭…囲うトラップ。………何も解らず放り込まれた者。僕。カメラ。監視者。……ゲーム。
 ……………ああ………っっ!
 「…管理する方は大変なんだよ。土地を整備し、法を配付し流通機関を整え、お前のような凡庸に生きているだけの輩に"生かす"場を提供してやらなければならない。お前等は当然の事だと受け取っているようだがな。だが、与えられた物を受け取るだけなのでは、それは不公平というものだろう。ほんの少しの楽しみを返してもらって何が悪い?」
 僕は漠然とだが、この場所を管理している人物の背景が解ってしまった。
 「お前にも名があったようだが…そんなもの、あの方々にはなんの関係もない。ペットに名前があるのと同じだ。お前達はただ生かされている。管理するのに番号があれば事足りる」
 力を持つ者の傲慢な方程式に過ぎないその危険な言葉に、僕は…納得してしまっていた。
 僕は…僕達は「あの方々」というのに生かされている。「あの方々」が作った土地に住み、笑い、泣き、眠る。僕らの存在する意味は何だろう?僕は何の為に生きていたのか。
 大地を治める強大な力の前に引きずり出された時、高みから振りかざされる傲慢さを、生かされる者の立場を忘れた嫌悪の表情で見上げるか、ヒトの矜持を持たない畏怖の表情で見上げるか。
 「あっ!…っ!ああっっ!!」
 引き抜かれた指とは大きさの違うものが突き入れられる。僕は身体を揺さぶられながら、男の肩に担がれた脚が同じ律動で揺れるのを見ていた。痛みは妄想を消す役に立たなかった。
 僕達はこの大地の上でただ生かされている。いずれある地位の者達の養分になる為に。切り裂かれ、逆さに吊り上げられて、倉庫にぶら下がるのだ。
 恐怖はじわじわと背筋を這い登ってきたが、腸内を擦りあげられてそれは快感に変わり、違う震えが全身を貫いていった。
 僕は肉だ。抉られる穴のあるただの肉だ。
 匂いが鼻を突く。僕の汚い内臓に溜まった汚物の匂い。
 男が放った体液が、黄土色の濁りを混じらせながら穴から滴り落ちた。

 ここには檻も柵もない。本当に逃げようと思えば逃げられるのだろう。トラップだって本当に仕掛けられているのか解らなかった。仕掛けられているとしたら、僕はもうとっくに細切れの肉になっていただろう。…それも悪くはなかったが。
 でも僕はここに捕らえられていた。いや、「ここに」ではなかった。「僕の妄想に」だった。
 恐怖するはずの妄想は快感にすり替えられ、今では男達の訪れをこの場所で待ちわびている。僕は生かされているのだ。僕の足元にあるこの大地を作った方々の為に。
 僕はいつまで生きていられるだろう。もしかしたら、本当に仕掛けてあったトラップにかかって、バラバラになってしまうかもしれない。先にも言った通り、それも悪くない。その先、僕の肉があの方々の養分になるのなら。
 僕の肉は甘いだろうか。
 
 家畜として飼われる。それは悪夢なのか願望なのか、僕にはもう区別がつかない。

■終り■